岩手県盛岡市に所在する鈴木盛久工房は、寛永2年(1625年)の創業から約400年、南部藩の御用鋳物師として伝統の技を受け継いできた南部鉄器の名門だ。工房を継ぐのは、十六代鈴木盛久こと鈴木成朗。歴代初の女性鋳物師である母・熊谷志衣子の背中を見て育ち、東京藝術大学で鋳金を学んだのち、一時はアパレルの世界にも身を置いた。多様な経験を経て盛岡へ戻り、その名を継ぐことになった。
400年の技に新しい息吹を。 茶色の漆が映す、南部鉄器の現代的な表現 【南部鉄器鋳金家 十六代 鈴木盛久】
2025年 12月22日
工房に足を踏み入れると、まず目に入るのは無数の木型だ。古くは明治時代から使われ続けてきたものまで大切に保管され、棚いっぱいに積み重なった姿は、長い年月を支えてきた技の蓄積そのものを思わせる。
「南部鉄器は鋳造でつくります。まず砂型をつくって、そこに溶解した鉄を流し込んで自由なかたちをつくる技法です。木型は設計図のようなもので、つくりたいかたちの半分だけが鉄板に刻まれています。この木型を上下で固定して回転させながら、特殊な鋳物用の砂を振りかけていくと、ひとつの完全なかたちの砂型が出来上がります。ここでかたちの精度が決まるため、とても重要な工程です」
南部鉄器の製作は、気の遠くなるような手作業の積み重ねだ。木型、砂型、鋳造、文様、焼成、仕上げ——幾つもの工程を重ね、ひとつのかたちを少しずつ整えていく。素材の変化に気を配り、季節や湿度に合わせて作業を調整することも欠かせない。こうして時間と労力を惜しまず向き合い、ひとつの鉄瓶が完成するまでには2カ月を要する。
「一般的な黒い南部鉄器とは異なり、うちは赤い弁柄という顔料を漆に混ぜることで茶色をつくり出しています。私は黒よりも茶色のほうが、細かい文様や肌の表現が綺麗に感じるんです。漆は紫外線や火で退色していくと、弁柄の赤が強く出てきます。使うほどに色が変化していく様子を楽しんでもらえると思っています。日々の手入れや火に当てる時間によっても表情が変わり、持ち主だけの色合いになっていくんです。鋳鉄は新品のまま保持できない素材ですが、時間とともに変化していく、まさに『育てる道具』なんです」
2025年12月、鈴木は「鈴形鉄瓶」で全国伝統的工芸品公募展の日本商工会議所会頭賞を受賞した。偶然見つけた香水瓶の写真から着想したこの作品は、真珠の首飾りが連なるような霰(あられ)文様を纏い、南部鉄器のイメージを一新する洗練された佇まいを見せる。
「代々守ってきたデザインもあれば、いちばんヒットしているマスターピースみたいなデザインもある。私の代では、現代のスタイルに受け入れてもらえるようなものをつくっていきたい。ちょっと裏切りたいというか、誰もやってないことをやりたいという気持ちもあります。曽祖父・十三代、祖父・十四代、そして先代十五代の母の作品を見ていると、まったく似ていないんです。でも、どちらも『好きなようにやっていい』と語りかけてくるように感じます。自分の感覚を信じていいという、その自由さこそが工房の力だと思っています。今年、私たちは創業400年を迎えます。これは次の100年、200年へ向けた新たなスタート地点です。南部鉄器が持つ本質的な価値——ていねいな手仕事、時間をかけて育まれる美しさ、長く使い続けられる品質——これらを守りながら、現代の生活に寄り添う新しい提案をしていきたいですね」
400年という時間の重みを背負いながら、十六代鈴木盛久は確実に前を向いている。明治時代の木型を手に、現代のデザインを描く。1500°Cの炎で鉄を溶かし、長い時間をかけてひとつの作品を仕上げる。鈴木盛久工房の鉄瓶を使う人たちは、そのていねいな仕事を感じ取り、長く使い続けていくだろう。
動画ディレクション:TISCH(MARE Inc.)
インタビュー、文:倉持佑次
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