メイド・イン・ル ブラッシュ

独立精神

オーデマ ピゲは単なる会社ではありません。時計製造発祥の地、
ジュウ渓谷のル・ブラッシュに設立されて以来ずっとここで家族経営が続けられています。

創業者たち

マニュファクチュールの豊かな歴史の、最初のページを綴ったのはジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲでした。固い結束で結ばれたジュウ渓谷の職人たちの一員だった彼らは1875年に工房を設立しました。チャイミングのメカニズムやクロノグラフ、アストロノミカル・コンプリケーションが、 オーデマ ピゲの得意とする分野でした。 マニュファクチュールの台帳には、1882年から1892年にかけてオーデマ ピゲが製作したおよそ1500本の時計のうち8割以上の時計に、少なくとも1つ、多くの場合には複数のコンプリケーションが搭載されていたことが記録されています。

オーデマ ピゲ の2人の創業者が見習い期間終了時に制作した、まさにマスターピースといえる2つの時計は、ジュウ渓谷の時計の伝統を色濃く映し出しています。

ファミリー精神

オーデマ ピゲ は単なる会社ではありません。 独立性を保った家族経営を続けており、1875年に全てが始まったここ、ル・ブラッシュにおいて知識や技術の枠を未来の世代へと受け継いでいく責任を負っているのです。

2世代目

ポール=ルイ・オーデマ  ポール=エドワール・ピゲ

3世代目

ジャック=ルイ・オーデマ ポーレット・ピゲ

4世代目

ジャスミン・オーデマ  オリヴィエ・フランク・エドワール・オーデマ

メイド・イン・ル ブラッシュ

長きにわたって

最初に建てられたオーデマ ピゲの工房は、近くの泉から水を引いた井戸を囲むように設計されました。工房は少しずつ大きくなっていき、1950年代までは50名以下だったスタッフは、1970年代に100名を超えて今に至ります。

「モデル」という概念が導入された 1951年以前には、すべての時計がユニークピースでした。現在においてもオーデマ ピゲでは、最新の注意をはらいつつ、時計づくりの伝統に最も敬意を抱きながら少数生産での時計づくりを続けています。

ブランドの歴史には多くの章が今なお書き綴られ、1875年に創業者たちが工具を手にしていたオーデマ ピゲの工房で今日誕生するタイムピースが、いつの日かブランドの礎を築いた時計師やその先達の作品とともに、ミュージアムに展示される時がくるのかもしれません。